中京山岳会創立75周年記念事業 

シルクロード・カラコルムの山旅

2007年9月2日〜9月23日

 

(北京からシルクロードの町へ)  

9月2日、中京山岳会・シルクロード・カラコルム山旅隊の8名(中国地域隊長・梶田明、パキスタン地域隊長・沖允人、隊員・竹田進・沖道子・伊藤章・浜田勝信・石塚正夫・織田善夫)は、中部国際空港を出発し、北京・ウルムチ(鳥魯木斎)経由で9月3日にカシュガル(喀什)に到着した。

9月4日、標高4703mのクンジェラブ峠越えのために備えて、ミニバスに酸素吸入加圧器具を搭載して午前8時半に出発する。

 途中、コングール峰(Kongul、7719m)の展望が楽しめた。しばらくで、川がせき止められた大きな湖のようなところがあり、雪山が湖面に映って綺麗に見える。

 パミール高原のカラクリ湖で午後2時から30分間昼食をとる。湖畔に観光用のパオが並んでいる。湖の向こうにムズターク・アータ峰(Muztag Ata、7546m)の大きな山塊が見える。

 しばらくでスバシ峠(3950m)を通過し、この峠から下りになる。峠から約70km走ってタシュクルガン(Tashukrgan、塔什庫爾干)に着く。標高は3200mある。

 町の中の交通賓館(Traffic Hotel)に午後4時に着く。 

(クンジェラブ峠を越えパキスタンへ)

 9月5日、午前10時に快晴の天気のもとにホテルを出発する。タシュクルガンで午前11時から開く出入国管理事務所で出国手続きと税関検査がある。なかなか厳しく、時間がかかる。1時間ほどかかった。

  日本とパキスタンとの時差は4時間あり、中国との時差は3時間である。時計をパキスタン時間に合わせる。タシュクルガンからクンジェラブ峠(Khunjerab Pass、4703m)を越えてパキスタンに行く国際バスが運行している。

  ミニバスで128km先のクンジェラブ峠に向う。クンジェラブ峠までは舗装の広い良い道である。峠に午後1時45分に着く。ここには記念碑があり、天気も良いので40分ほどいて写真を撮る。2日前から高山病予防のための薬、ダイアモックスを飲んでいたせいか、全員元気であった。

 峠からはパキスタン側手配になる。しかし、入国手続きは、峠の国境ではなく、約1時間パキスタン内を走ったところにあるソスト(Sost、2750m)で行うことになっていて、ソストにチェックポスト、ビザのチェックを行う役所がある。

パキスタン側の道は険しい谷に沿った狭い道で舗装も良くない。

  ソストのチェックポストで旧知のガイドのシャヒーン(Baig Shaheen)がニコニコして出迎えてくれる。社長のクダラート(Ali Qudrat)も一緒で、今回、特別に2人がガイドとして同行するという。2人共8000m峰を登った高名な登山家である。

 パキスタン側手配のトヨタのミニバスでソストからパスー(Pasu、2543m)へ向う。車窓から鋭い岩の山々が見える。  

パスーのアンバセダー(Ambassader Hotel)というホテルにチェックインする。

(カラコルムの町フンザへ)

9月6日、午前9時にホテルを出てボリット湖(Borit Lake)へ向かう。カラコルム・ハイウェーから右の枝道に入り、坂道を登る。30分歩いてボリット湖畔の茶店に着いて休む。茹でてもらったジャガイモと採りたてのリンゴが美味しい。ここからはウルタル峰(Ultal-1、7,358m)が眺められる。

 予定にはなかったが、天気も良いのでボリット湖からフセイニ村(Husasaini)にあるグルキン氷河(Gulkin Glacier)を横断して次の村のグルキン村(Gulkin)まで歩き、グルミット村(Gulmit)近くに行くことにする。

12時40分、トレッキング終了後、ミニバスで移動し、グルミットのシルクルート(Silk Route Hotel)というホテルで昼食をとる。

その後、約1時間でフンザ(Huza、2400m)に着く。フンザから、ガイドのシャヒ−ンの弟が運転するジープに乗り換え、山の上に向って急坂の狭い道を登る。約30分で登りきり、フンザ地区のドュリケル(Duliker、2,800m)という村に着く。村の山頂にあるイーグル・ネスト(Eagle’s Nest Hotel、鷹の巣ホテル)という崖の上のような地形に建っている山岳ホテルに午後4時半に着く。

9月7日、午前5時に起きてホテルの裏山に登り、ラカポシ(Rakaposhi、7788m)、ディラン(Diran、7757m)、スパンティーク(Spantik、7027m)などの山々の展望を楽しむ。しかし、あいにくの曇りで多くの山が見えず、特に、針峰の「レディース・フィンガー(Ladies Finger、6500m)」が全く見えず残念であった。

 ホテルを午前10時にチェックアウトし、フンザの町を歩き、カリマバードのフンザ・エンバシイ・ホテル(Hunza Embassy Hotel)で昼食をとった後、午後2時半から午後4時頃まで、昔のフンザの城・バルティット(Baltit Fort)を見学する。この城は800年前に創建された。日本語を話すガイドがいて丁寧にしかもユーモアを交えて説明してくれた。

改装されたばかりのような立派で設備の良いフンザ・エンバシイ・ホテルに泊まる。

(ウルタル峰のベースキャンプへ)

 9月8日、朝5時に、ホテルをジープで出発し、岩の名峰ウルタル峰(Ultal-1 or Boiohahgur Duanasir-1、7388m)のベースキャンプへのトレッキング・コースの入り口までジープで行く。

 トレッキング・コースは狭いガレ谷から始まる。谷の左側の岩壁中腹に、村に水を運ぶために作った帯のように伸びている狭い水路がある。コースは、この水路の細い土手を辿る。頭が岩につかえるほど低い個所もあり、大変である。

 水路の途中から川に降りる。川を渡る個所が2箇所あったが、ガイドが全員を背負って渡ってくれたので助かる。谷はだんだん狭くなってきた。川から水路に戻る個所がある。ところがそこは崩れていて危険なのでどうしょうかと迷ったが、突破することにした。ガイドの手助けにより何とか水路に上がったが、ずるずる足が滑り落ち、次のステップをどこにとるか危険な斜面の登りで、大変スリルがあった。

 水路をたどり、やがて山道になり、入り口から2時間ほどで広い斜面になり、そこを登りきると「レディース・フィンガー」という茶屋があった。

すでに、午前11時を過ぎていた。茶屋でラーメンと紅茶をとり、持参したランチ・ボックスで昼食にする。ここがウルタル峰へのベースキャンプ地である。牛が放牧されていて、トレッカーも多い。

 小高いところにある長谷川恒男(1991年に雪崩遭難死)の大理石の立派な墓に参拝する。

 午前12時半に下山。下りは、崩れている個所から川に降りないで、水路のルートを

とる。

先を歩いていた放牧の牛を連れた村人がいたが、崩れている個所の近くで牛が落ちて死んだらしく、解体していた。

 水路の土手の幅は80cmほどある。しかし、左側は目のくらむ高さの絶壁で緊張する。  町が近づいても道は悪くて難儀する。

 3時間かかり、やっとフンザに着く。

(ナンガ・パルバット山麓へ)

9月9日、フンザを出発し、3時間ほどカラコルム・ハイウェーを走る。ギルギット(Gilgit、1,490m)からインダス川に沿って下り、ジャグロット(Jaglot)、ハルチュー(Harchu)経由で、アストール(Astore)川沿いの道に入る。

 アストール(Astore、2000m)で1時間待って、やって来た2台のジープに乗りかえ、グリコット(Gurikot)を経由し、2時間でタラシン(Tarashing or Treshing、3000m)に午後7時に着く。幸い、雨は止んだ。フンザからコックのキャリーン(Rahnkt Karen)とコック・アシスタントがきていた。                    

宿泊を予定していたタラシンのナンガ・パルバット・ホテルは電気がないので、少し手前にある10年前からオープンしたという自家発電をしているニュー・ルパール・ホテル(New Rupal Hotel)に変更して泊まる。午前は曇りであったが午後から雨になった。

午後8時に夕食をとり、寝る。

 9月10日、タラシンのホテルを午前8時に出発。伊藤・石塚はタラシンのホテルに残る。

 タラシン氷河(Tarashing Glacier)の裾を1時間ほどかけて廻り、緑多いルパール村(Rupal)の大麦畑の中の細い道を歩く。村人が近道を教えてくれたのでその道を歩くが時々動物避けの柵があり、くぐらなければならないので大変である。丘がいくつもあり、なかなか泊まり場に着かない。民家はチベット風の平屋根で窓は小さい。

ルパール村は広く、家は約200軒ある。畑は広く、緩い傾斜の段々畑になっていて、エンドウ豆の収穫が終り、今はジャガイモの収穫時期である。

 6時間ほど歩き、尾根を廻りこんだ途端に思わぬ高さにナンガ・パルバット峰(Nanga Parbat、8125m)の一部が見え、歓声があがる。

 ルパール村を抜け、檜に似た林の中の道を歩き、午後2時15分、ナンガ・パルバット峰の見えるドイツ・ヘルリッヒ・コファ(Herrlig Koffer)のBCと呼ばれているベツイン・キャンプ地に着く(約3500m)。

 テント場は広く、正面にナンガ・パルバット峰が約4800mもの標高差でそびえたち、小川も流れていて申し分のない場所である。荷物は馬6頭とポーター4人で運んだ。

 テント場からナンガ・パルバットのルパール側(南面)の雪と岩と氷の壁が全部見渡せる。

馬とポーターたちはテント場に荷物をおろしたあと、しばらく休み、村に帰って行った。

(ベツイン氷河横断のトレッキング)

9月11日、ベツイン(Bezhin)・キャンプのテントを午前5時30分に出発する。午前5時15分頃から夜が明け始め、正面に見えるナンガ・バルバットが白くくっきり空に浮かぶ。すぐに左手のベツイン氷河(Bezhin Glacier)の高さ100mほどのモレインの急傾斜をじぐざぐに登る。

 登りきると広大なベツイン氷河のモレインとアイスフォールが見渡す限り続いている。幅約2kmはある。登ったり、下ったりしながら氷河を横断する。氷の上を歩いたり、モレインの細い土手や急な斜面を過ぎたりでなかなか大変である。約2時間かかって渡りきると檜に似た木が沢山生えている林の中の道になる。ラトボウ(Latbu Meadow)という地点である。

 林が終りに近くなるとマゼノ峠(Mazeno、5377m)方面が見えてくる。シャイギーリ湖(Shaigeri)までまだ大分ある感じだった。木陰で小休止し、道から外れて不安定だが近道の斜面を登ることにする。かなりの急斜面である。

 30分ほど頑張るとモレインの上に着いた。そこにシャイギーリ湖が思わぬ大きさで広がっていた。湖の水は濁っていた。コック見習いのキャヒーンが運んできたジャガイモ、ビスケット、果物の缶詰などの昼食をとる。

正面のナンガ・バルバット峰を眺めるが、首が痛くなるほど上方にそびえている。向こうにルパール氷河が白く見え、その左にルパール・ピーク(Rupal、5584m)、中央に雪のレイラ(Reila、5971m)、右にはトャイン・ピーク(Toshin Peak、6315m)が眺められた。

 来たときと同じコースでテントに午後2時に帰着する。山羊のレバーと野菜のテンプラとラーメンのスープの軽食が用意してあり、うまかった。洗濯をしたり、スケッチをしたりと、のんびり過ごす。

9月12日、天気が良いのでベツインのテント場から見えているベツイン氷河の末端まで往復することにし、軽装でぶらぶら登る。1時間で最後の急な斜面になり、登りきるとモレインの草の生えた土手状のところでナンガ・パルバットのルパール壁が文字どおり眼前にそそり立っている。時々発生する雪崩を眺めたり、高山植物を写真に撮ったりしながら2時間近くいた。

 午後3時からベースキャンプの草原に毛布を敷いて「浜田師匠」によるお茶会が開かれ、パキスタン人との交流を楽しむ。

 毎日、明るいうちは牛飼いや羊飼いが行き来しているが、日が沈むと広大な草原には、隊員6名、ガイド2名、コック2名だけの世界となる。夜は満天の星空であった。

(ギルギットへ帰る)

9月13日、テントを撤収し、下山する。

 午前7時半にテント場を出る。ナンガ・パルバットのルパール壁を何度も振り返りながら歩く。ルパール村を抜けるのには約8kmあり、2時間かかる。

  ルパール村を抜けるとタルシン氷河(Tarashing)になる。モレインの登り下りで1時間たっぷりかかった。

  対岸のモレインの土手に着くとタルシンの村が見えてきてホッとする。テント場からタルシンまで4時間かかった。午前11時半にルパール・ホテルに着き、伊藤・石塚と4日振りに再会する。

 全員ホテルの前庭に並んで、ライコット(Raikot、7070m)からチョンラ・ピーク(Chongra Peak、6830m、 Main、6 455m, West、6447m)までナンガ・パルバットから北東に屏風のように続く雪と岩の山稜をバックに記念写真をとる。

 午後1時、タルシンからジープでアストール(Astore)まで約1時間半かかってくだり、埃まみれになってホテルに着く。ホテルのウエルカム・ドリンクの冷たいペプシコーラがうまい。                   

 9月14日、アストール(Astore)を午前8時半に出発。ミニバスに乗り、アストール川に沿って下り、約2時間走り、カラコルム・ハイウエー(KKH)に入り、タリチ(Thalichi)の展望台でナンガ・パルバットの北面、ディアミール側の景色、そして、ラカポシ(Rakaposhi、7788m)、ドウバニ−(Dubani、6134m)、フパラーシュ(Phuparash、6785m)連山の雪山を写真に撮る。残念ながら峻峰ディラン(Diran、7257m)はドウバニ−の後ろで見えない。

 ジャグロット(Jagrot)に、大ヒマラヤ・カラコルム・ヒンヅ−クシュの世界の三大山脈が合流する地点にモニュメントがあり、記念写真を撮る。

 ギルギット市内のギルギット川沿いのリバー・ビュー・ロードにあるリベリア(Riveria)・ホテルに午前11時50分到着。

9月15日、ギルギットからミニバスで午前8時に出発する。

 午前10時半にラカポシの展望地で休み、午前11時40分にフンザのアンバセダー・ホテルに着いて昼食をとる。

 シャムス・アルパイン社の事務所によった後、ソストのPTDC(パキスタ・観光局経営)・ホテルに午後3時に到着。設備は良くお湯もふんだんにでて、久し振りに温かいシャワーを充分に浴びてさっぱりする。 

パキスタン最後の夕食後、お互いに旅の感想を話し、感謝の言葉をかわす        

明日からの旅は、パキスタン側ガイドから、中国側ガイドに代わる。

(クンジェラブ峠を越え中国へ)

9月16日快晴の仲、ソストを出発し、クンジェラブ峠を越え、タシュクルガンに午後に到着し、中国へ再入国の手続きをする。交通賓館(Traffic Hotel)に泊まる。

  9月17日、曇りで、黄砂が空を覆っていた。朝は羽毛服が必要なくらい寒かった。さすが標高3200mの町である。

 午前8時50分にタシュクルガン(塔什庫爾干)をミニバスで出発する。カシュガルまで300kmあり。約4時間かかる。

 途中、右手奥に雪山があり、その前は泥の山になっている地帯を午前10時50分に通過する。標高は3000m位に下がる。午後、カシュガルに到着。

  9月19日、カシュガル発、午前9時45分発の中国南方航空でウルムチに到着した。

 午後、ローランのミイラで知られる新彊ウイグル自治区博物館とウルムチ市の展望台になっている紅山公園の見学に行く。

9月20日、ミニバスで出発し、約125km西に走り、午前10時半に天山天池の麓に着いた。山が聳えていてなかなか良いところであった。

  21日、ウルムチから空路北京に移動し、23日に無事中部国際空港に帰着した。

    MO 記 

参考:「シルクロード・カラコルムの山旅報告書」46ページを20083月発刊した。